「戦争漫画」とは!?・・・まぼろしの戦争漫画の世界

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今回紹介するのは、完全な「漫画」というものではありません。しかし、近現代史漫画を紹介するにあたり、避けては通れない大戦前の漫画を解説しているこの本を「紹介しない訳にはいかない」という思いから今回取り上げさせて頂きます。

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著者の秋山正美さんは「戦争漫画」という言葉に対する一定の定義があるようで、この本の冒頭では上記のような記述を載せています。
この文章の中で秋山氏のその定義は下記の記述に表われているのではないでしょうか。


「ここにいう『戦争漫画』なるものは、1930年代、つまり、半世紀以上もまえの日本に出現し、そのころの少年少女たちを熱狂させ、しかし、数年後に消えてしまった〈まぼろしの漫画〉なのだ。」

秋山氏は「戦争漫画」というものを、1937年7月の支那事変から1941年12月8日の大東亜戦争開戦までの5年弱の間に「少年倶楽部」や「幼年倶楽部」、「少女倶楽部」などに描かれた「日本の戦争に関する漫画」と定義付けているようです。
もちろん、それ以前にもそのような漫画はあったのですが、「戦争漫画」の大量生産機はこの5年弱の間らしいです。
では、大戦中はどうだったのか?答えはこの本の中ほどに書かれている、著者の文章にて答えとさせていただきます。


●漫画が消されてしまった戦争末期より抜粋
 40年代に入ると、中国の戦線は一進一退で、日本は、経済的に息切れしてきた。雑誌のページわくは大幅にけずられ、付録を付けることも禁じられた。雑誌・書籍の用紙は、粗悪になるばかり、布張り箱入りの上製まんがも、あまり見られなくなった。
 それでも、40年代に入るまでは、まだ少しは笑えるまんがを見ることが出来た。41年は、とうとう日本がアメリカ・イギリス・オランダほかの連合国との全面戦争に突入した年なのだが、翌42年から、まんがと名のつくものは、原則としてことごとく禁止され、子供たちは、絵ばなしとでもいうほかない一種の劇画風の作品にお目にかかるだけになってしまった。
  〈中略〉
 国の政策が、もはや戦争に勝つこと以外になくなってしまい、日本の大都市が空襲で焼け野原にされて、敗戦が日いちにちと近づいて来た44年から45年にかけては、かつて400ページを超えるボリュームだった「少年倶楽部」は、なんと、数10ページのパンフみたいな印刷物になり果て、まんがも絵ばなしもない薄ぎたない誌面をさらし、合併号に次ぐ合併号を出して、敗戦を迎えた。

ということでした。



ここでこの本の中身を少し紹介しておきます。

 まぼろしの戦争漫画の世界
 1998年10月に夏目書房より発行
 著者 秋山正美
 当時の記事及び、著者の文章が47ページ
 漫画が259ページと約85%を占める
 主な漫画は下記の通りです
  のらくろ/田河水泡
  ポコペン/吉本三平
  タンク・タンクロー/阪本牙城
  トッカン水兵/新関青花
  愛国漫画決死隊/新関青花
  北支戦線快速兵ちゃん部隊/謝花凡太郎
  上海南京千里とっぱ部隊/謝花凡太郎
  トッチン部隊/大城のぼる  等


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この本に出てくる一番古い戦争に関係している絵は、1931年の12月号に出てくる金子士郎氏によって描かれた戦争物語のさし絵になります。

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 昭和12年(1937年) 講談社
 ご存じ田河水泡先生の「のらくろ総攻撃」です。


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 昭和9年(1934年)「幼年倶楽部」4月号付録
 阪本牙城先生の「タンク・タンクロー」


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 昭和13年(1938年) 中村書店
 新関青花先生の「愛国漫画決死隊」・・・懐かしい感じがする漫画です。子供のころ読んでいた漫画にはこんな夢のような表現がよくあったように思えます。


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 昭和15年(1940年)「少年倶楽部」7月号
 満州の脚となった流線形機関車「アジア号」の姿も見られますね。


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 昭和15年(1940年)「少女倶楽部」5月号(左)と12月号(右)
 右の絵の土地を耕している少女が日本人。奥の2人はドイツ人とイタリア人の少女だと思われます。三国同盟の絵です。手前の看板には「東亜新秩序」、奥の看板には「欧州新秩序」と書いてあります。


こうして4つの絵を見ると、私たちの知っている大東亜戦争(太平洋戦争)以前の昭和15年にはすでに、子供達にまで戦火が近づいていることが分かりますね。

そして、前述したように、大戦中、漫画はこんなふうになっていたようです。
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 昭和18年「航空少年」9月号
 小川哲男氏の「米本土爆撃」という作品です。
 副題は「少年よ、日の丸の翼に乗って 米本土爆撃に参加せよ」でした。




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